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Tag: メキシコ

カスティージョ

カスティージョ

チチェン・イツァーで最大の見物はこのカスティージョだ。 このピラミッドの中にもうひとつ小さなピラミッドがあるそうだ。 かつては見学できたが、今は閉鎖されている。 どんなものだか見てみたい。  

 

テオティワカンのジョン

テオティワカンのジョン

テオティワカンのジョンは僕たちを案内してくれた。 ほんの数十分のことだけど、きっと君のことは忘れない。 ジョンについて

 

チチェン・イツァーの天文台

チチェン・イツァーの天文台

昨日、春分の日に、水星、金星、火星、天王星、海王星が、地球から見て太陽のまわりに集まっていた。 そんなことをこの天文台では調べていたはず。台座の正面が、金星が最北に沈むところに向いていると言うから、少なくとも金星の位置は追いかけていたことがわかる。天王星、海王星は無理かもしれないが、水星、火星くらいは調べていただろう。 マヤ人たちが書き残した文書はほとんどがスペイン人たちに破棄され、いまでは四冊しか残っていない。もし天文学関係の文書が残っていたとしたら、どんなことが書かれていたのだろう?

 

太陽のピラミッドを撮る

太陽のピラミッドを撮る

テオティワカンに午後に入園し、ケツァルコアトルの神殿をゆっくりと見ていたら、太陽のピラミッドを登る頃には閉園時間になってしまった。 近くに二泊してゆっくり見るつもりだったから良かったが、それでも登れなくなって悔しい思いをしていたら、まるでプレゼントのように誰もいない写真が撮れた。 正面から見ると顔のように見える。 目のあたりに松明を灯し、口のあたりに少し工夫したら、表情も作れそうだな。 太陽のピラミッドの頂上から眺めた月のピラミッドの写真はこちら。  朝日に照らされる太陽のピラミッドと月のピラミッドの写真はこちら。

 

神殿と城塞のあいだ

神殿と城塞のあいだ

城塞を登りきり、ケツァルコアトルの神殿に一番近い地点まで降りていくと、cute girlがひとりで写真を撮っていたので「ケツァルコアトルと一緒に写真を撮って上げようか?」と言ったらカメラを手渡されたので一枚パチリ。 僕のカメラでも撮るよと言ってこの一枚。

 

ケツァルコアトル

ケツァルコアトル

テオティワカンのケツァルコアトルの神殿に並ぶケツァルコアトル頭部のひとつ。 昔は口から水でも出ていたのではないか?と思わせる口が印象的。  

 

朝日に照らされる太陽のピラミッドと月のピラミッド

朝日に照らされる太陽のピラミッドと月のピラミッド

テオティワカンにて。 右が太陽のピラミッド、左が月のピラミッド。 月のピラミッドのまえにある道が死者の道の最終点。 死者の道をまっすぐ歩いて行くと、後ろの山(セロ・ゴルド)が次第に月のピラミッドに隠れていく。 太陽のピラミッド正面の写真はこちら。 太陽のピラミッドの頂上から月のピラミッドを眺めた写真はこちら。

 

カラフルな露店

カラフルな露店

チチェン・イツァーでは、観光客が歩く道々に露店が出ていた。 近づいていくと「1 dollar !  1 dollar!」と呼びかけられる。 ちょっと粋な人になると「あなた日本人? わたしメキシコ人」とか言ってくる。 まあたいていは「ここ安い! ここ安い!」だったりするが、笑ったのは「ここ安いの高く売る!」。 間違って覚えてしまったのだろうけど、それが事実だったりしたらもっとおかしい。 きっと彼は今日も日本人にむかって「ここ安いの高く売る!」と言っているんだろうな。

 

天文台に沈む細い月

天文台に沈む細い月

新月の翌日、チチェン・イツァーにたどり着いた。 その晩、細い月が天文台の向こう側に沈むのを見た。 翌日、窓に鳥が突撃しベランダで死んだ。 翌々日、友の訃報が届く。 この写真を撮っていた日にぽっくりと亡くなったそうだ。 時は無情に過ぎていく。  

 

海上に射す雲の影

海上に射す雲の影

きらめく海にポカリポカリと雲の影    

 

太陽のピラミッドから月のピラミッドを望む

太陽のピラミッドから月のピラミッドを望む

早朝、開園と同時にテオティワカンに入り、太陽のピラミッドに登る。 ついさっきまで月のピラミッドの上にあった気球が遠くに行き、 月のピラミッドが美しく見られる。 文化の最盛期、ここにはどんな人たちが、どんな風に暮らしていたのだろう? おらが村のピラミッドがきっと自慢だったろうな。  朝日に照らされる太陽のピラミッドと月のピラミッドの写真はこちら。 太陽のピラミッドの正面写真はこちら。

 

カンクンの波

カンクンの波

メキシコ・カンクンの波はエメラルド・ブルー。 白い砂を巻き込んで縞になる。 スペインに征服され、アフリカから奴隷としてアフリカ人が連れて来られ、人種が混ざり合った過去を思い出す。 歴史は悲劇から始まり、ハッピーエンドを迎えることを祈る。 この波が美しいように、融合から生まれる美がある。