宝瓶宮福音書

2016年11月21日
By yoji

一年半ほど前、山川紘矢さん亜希子さんご夫婦のインタビューをしに、ご夫妻のお宅にうかがった。そのとき本棚にある『宝瓶宮福音書』を紘矢さんが手に取り「これがすごくいい本なんだよ」と言って推薦して下さった。はじめて見る本だった。「何がいいのですか?」と質問すると、聖書に出てくるキリストがどのようにしてキリストになったのかが書かれているという。その頃ちょうど保江邦夫さんの本を読んでいて、その中にキリストはエジプトのピラミッドで修行したというようなことが書かれていたので、そのことについて質問したら「そうそう、この本にエジプトでの修行について書かれている」という。 キリストがエジプトで修行したなんて、妙なことが書かれている本に次々と出会う。こんな不思議なことはあるのだろうかと思い、いつか買って読んでみようと思った。 アマゾンで検索すると古本が何冊か売られていた。しかし高い。安くなるまで待つことにした。あるとき手頃な値段で出品されたのでそれを買った。 聖書は読んだことがあるが、何度か似た話が出てきたり、書いている人によってニュアンスが違ったりして、よくわからないというのが感想だった。この福音書もよくわからない。同じところもあるし、違うところもある。そして、いろんな示唆に富んでいる。この本を読む価値があるのかどうか、一般的な話はできない。示唆されることはすべて自分のためにある。だから他人が読んでもいい本かどうかは、その人によるだろうと思う。僕にはまあよかった。だけど、山川さんが熱心に説いたそこまでの良さを感じることはできなかった。
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書く冒険への疑問

2016年11月12日
By yoji

僕はまだ書く冒険について、あまり多くを知らない。実際にそれをしようとしてすぐにさらさらと筆が進むわけではない。どのようにリスクを取るべきか、安全策は何なのか、まったくわからない。この状態で難しい冒険に出ることはためらわれる。しかし、こうして書くことが大きな冒険の準備になると信じている。 毎年のようにバリ島のニュピに行った。なぜ行ったのか、いまも明確な説明はできない。日本の文化に似ている部分があるとか、瞑想の効果が深くなったとか、いろんなことが得られたが、まだそれらはジグソーパズルのピースが集まって来た段階で、そのジグソーパズルが何を表現していたのかはまだわからない。もしかするとこの書く冒険にも関係があるのかもしれない。いや、関係があるように作っていくつもりだという方が正確だ。 ニュピで味わう瞑想状態はたくさんの夢やビジョンをもたらし、その夢やビジョンはそれを見たあとすぐに雲散霧消する。もしここに価値があるのだとすれば、うまくまとめて理解できるようにすることにどんな意味や価値があるのだろうか? もしかしたら正しくないことをしようとしているのかもしれない。
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書く冒険の開始

2016年11月11日
By yoji

丘の上から風が吹いてくる。灌木がひゅうひゅうと鳴っている。空が異様に青い。このように青すぎる空は何か不吉な予感を与える。 低い音が聞こえる。不安を与える低い音。生き物はいつの時代も不安とともに生きてきた。人間はその状態を脱し、不安を抱えずに生きていけるものだと思うようになってきたが、それも本当かどうかまだわからない。 母はかつて言った。 「いつか戦争がおこるかもしれない」 そんなはずはないと思っていた。ところが、少しずつ戦争に追いやられそうな雰囲気が、なんとはなしに押し寄せてくる。きちんとこれに対処しなければならない。しかし、対処の方法を知らない。どうすればいいのか。答えはどこにあるのか。 かつて江戸には鷹匠がいた。鷹匠は鷹を飼い、狩りをするように育てる。しかし、鷹の本能が狩りをするようにできているので、鷹匠が教えるのは、狩った獲物を鷹匠のところに持ち帰ることだ。鷹は獲物を鷹匠に渡さない。どうするかというと、獲ってきた獲物を鷹匠が別の餌とすり替えるのだ。鷹匠は現在はほとんどいない。かつてはかなりの人数がいたらしい。 鷹匠のように歴史の経過でなくなっていくものはたくさんある。たとえば、活版印刷。かつてはすべての本をこれで印刷していたが、いまはコンピューターでDTPが一般的だ。一部名刺などに活版印刷が残っているが、一冊の本を活版印刷で印刷するというのは、もうほとんどなくなってしまった。
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