書く冒険

天使の軌跡は続いてく

2017年2月23日
By yoji

書く冒険に何を書こうかと考えた。 『日刊 気持ちいいもの』の2017年1月31日にこう書いた。 「他人のことを書く」 僕はあまりネット上に他人のことは書かない。 ほめるとか、けなすとかいうことは簡単に書けるが、 その人のことを書くというのは、 僕からだけの視点では一面的だから。 その人が僕に会っているときだけの 雰囲気しか書けない。 それはその人を書いたことにはならない。 だから、取材もなしに書く Blogのような場所には滅多に 他人のことは書かない。 書くとするなら、 きちんと書きたいよね。 これが引っかかっていたので、誰かのインタビューを書こうと思っていた。でもいったい誰がいいだろうか? そこでキラリとひらめいたのが、今度ヒーリング・ライティングでアシスタントをしてもらう亜紀ちゃんだ。ワークショップに参加していればきっと次第にどんな人かはわかるだろうけど、もしここにインタビューを載せたら、さらにいろんなことがわかって話しやすくなるだろうと思った。そこで亜紀ちゃんに相談してみる。 「あのさ、かくかくしかじか」 すると快諾を得た。 そこである日、ある喫茶店でインタビュー敢行。 iPhoneで映像まで撮ってインタビューする。 すると「え、映像まで撮るの、うふふ」と言って、なんとなくOKになる。 たいていの人は、まずインタビューされるのを嫌がるだろう。それにOKし、映像を撮ることまで了解してくれるこの心の広さ。なんということだ。 一時間ほどインタビューした。 亜紀ちゃんは元CA。僕の若い頃はスチュワーデスと呼ばれていた。なぜそのCAになったのかから話は始まる。
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ガツガツ書く

2017年1月30日
By yoji

わけもわからずにガツガツ書いていくことが果たして何の役に立つか? 内語を黙らせるのにいい手段だと思うのだ。 多くの人は言っていることとやっていることが違ったりする。それが悪いとは言わない。それが魅力になったりもする。たとえば、「ルパン三世」の銭形警部。 口ではルパン三世を捕まえると言ってるが、行動を見ているといかにルパン三世が大好きなのかが透けて見えてくる。それが見ていてチャーミングに思える。 そんなふうだから、多くの人が言っていることとやっていることが違ったところで、たいした問題ではない。しかし、程度によってはストレスになる。 こうしてガツガツ書いていくと、思っていることは右と思いながら、書いている文章は左のようなものは書けなくなる。それはこの文章が速く書かれれば速く書かれるほどそうなっていく。
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宝瓶宮福音書

2016年11月21日
By yoji

一年半ほど前、山川紘矢さん亜希子さんご夫婦のインタビューをしに、ご夫妻のお宅にうかがった。そのとき本棚にある『宝瓶宮福音書』を紘矢さんが手に取り「これがすごくいい本なんだよ」と言って推薦して下さった。はじめて見る本だった。「何がいいのですか?」と質問すると、聖書に出てくるキリストがどのようにしてキリストになったのかが書かれているという。その頃ちょうど保江邦夫さんの本を読んでいて、その中にキリストはエジプトのピラミッドで修行したというようなことが書かれていたので、そのことについて質問したら「そうそう、この本にエジプトでの修行について書かれている」という。 キリストがエジプトで修行したなんて、妙なことが書かれている本に次々と出会う。こんな不思議なことはあるのだろうかと思い、いつか買って読んでみようと思った。 アマゾンで検索すると古本が何冊か売られていた。しかし高い。安くなるまで待つことにした。あるとき手頃な値段で出品されたのでそれを買った。 聖書は読んだことがあるが、何度か似た話が出てきたり、書いている人によってニュアンスが違ったりして、よくわからないというのが感想だった。この福音書もよくわからない。同じところもあるし、違うところもある。そして、いろんな示唆に富んでいる。この本を読む価値があるのかどうか、一般的な話はできない。示唆されることはすべて自分のためにある。だから他人が読んでもいい本かどうかは、その人によるだろうと思う。僕にはまあよかった。だけど、山川さんが熱心に説いたそこまでの良さを感じることはできなかった。
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書く冒険への疑問

2016年11月12日
By yoji

僕はまだ書く冒険について、あまり多くを知らない。実際にそれをしようとしてすぐにさらさらと筆が進むわけではない。どのようにリスクを取るべきか、安全策は何なのか、まったくわからない。この状態で難しい冒険に出ることはためらわれる。しかし、こうして書くことが大きな冒険の準備になると信じている。 毎年のようにバリ島のニュピに行った。なぜ行ったのか、いまも明確な説明はできない。日本の文化に似ている部分があるとか、瞑想の効果が深くなったとか、いろんなことが得られたが、まだそれらはジグソーパズルのピースが集まって来た段階で、そのジグソーパズルが何を表現していたのかはまだわからない。もしかするとこの書く冒険にも関係があるのかもしれない。いや、関係があるように作っていくつもりだという方が正確だ。 ニュピで味わう瞑想状態はたくさんの夢やビジョンをもたらし、その夢やビジョンはそれを見たあとすぐに雲散霧消する。もしここに価値があるのだとすれば、うまくまとめて理解できるようにすることにどんな意味や価値があるのだろうか? もしかしたら正しくないことをしようとしているのかもしれない。
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書く冒険の開始

2016年11月11日
By yoji

丘の上から風が吹いてくる。灌木がひゅうひゅうと鳴っている。空が異様に青い。このように青すぎる空は何か不吉な予感を与える。 低い音が聞こえる。不安を与える低い音。生き物はいつの時代も不安とともに生きてきた。人間はその状態を脱し、不安を抱えずに生きていけるものだと思うようになってきたが、それも本当かどうかまだわからない。 母はかつて言った。 「いつか戦争がおこるかもしれない」 そんなはずはないと思っていた。ところが、少しずつ戦争に追いやられそうな雰囲気が、なんとはなしに押し寄せてくる。きちんとこれに対処しなければならない。しかし、対処の方法を知らない。どうすればいいのか。答えはどこにあるのか。 かつて江戸には鷹匠がいた。鷹匠は鷹を飼い、狩りをするように育てる。しかし、鷹の本能が狩りをするようにできているので、鷹匠が教えるのは、狩った獲物を鷹匠のところに持ち帰ることだ。鷹は獲物を鷹匠に渡さない。どうするかというと、獲ってきた獲物を鷹匠が別の餌とすり替えるのだ。鷹匠は現在はほとんどいない。かつてはかなりの人数がいたらしい。 鷹匠のように歴史の経過でなくなっていくものはたくさんある。たとえば、活版印刷。かつてはすべての本をこれで印刷していたが、いまはコンピューターでDTPが一般的だ。一部名刺などに活版印刷が残っているが、一冊の本を活版印刷で印刷するというのは、もうほとんどなくなってしまった。
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